人生の最期、どうするのがいいのか?

人は誰でも死にます。

これは生まれた時から決まっていません。

いまだかつて、これを免れた人はいません。

高齢化社会を迎えて、これからたくさんの人が死にます。

今、多くの人は病院で亡くなりますがこれからは難しくなることが考えられます。

一人一人が自分の死に方を考えないといけなくなるでしょう。

人生の最後をどこで迎えたいか?

「どこで死にたいか?」

このような質問をすると、多くの人は家で死にたいと答えると思います。

ただ、現実的には病院で死ぬことが多いです。

その理由はいろいろあります。

・家族の病人をできるだけ長生きさせて欲しいという意向
・病人のできるだけ家族に迷惑をかけたくないという願い
・医者の病人はできるだけ、長生きさせたいという思い
・etc

ですが、やはりもっとも大事なのは、死ぬ本人の希望ではないでしょうか。

手厚い医療をすることが本当に死ぬ本人のためになるのか?

現在、病院では高齢で死に近い人に対して

・食欲がない人に栄養不足を補うために点滴をする
・老衰で止まりかけている心臓に刺激を与えて無理に動かす
・下がっていく血圧を薬を使って上げる
・etc

このような医療行為をすることで、延命措置を施しています。

しかし、80歳を過ぎて最期を迎えつつある人に対してこのようなことを行うのは、かえって邪魔になることがあります。

つまり、この時に考えないといけないのは、QOD(Quality Of Death:死の質)です。

死ぬ間際になって、その人にとって最良の死に方は何なのか?

これを死ぬ前に決めておき、それを家族や医者やケアスタッフがサポートすることが必用なのではないかと思います。

誰もが最期まで手厚い医療ケアを受けるべきというのは、ある意味傲慢です。

そこには、死にゆく人の思いを無視する身勝手さがあります。

仲間がいるから、ここで死ねたらいい

歳を取ってくると、夫(妻)が亡くなり一人暮らしになってしまったり、友人が亡くなってしまったりして、どんどん寂しくなります。

しかし、人は歳をとってもやはり人と関わりたいという思いがあります。

その理由は、やはり住み慣れた家だと周りに仲間がいるからです。

手厚くケアをしてくれる施設よりも、住み慣れている家がよいのです。

たぶん、施設に入ってしまうとかえって死期が早まってしまい、寂しい思いをしてしまうでしょう。

身体が弱くなってしまうと、できることが減ります。それで、さらに人とのつながりまでなくなってしまうと、生きる気力がなくなってしまいます。

それならば、なるべく家で最期まで過ごせるようにすることが、死にゆく人のためになるはずです。

QODを高めるためには、24時間対応の在宅ケア体制が必用

高齢者とその家族は、QODについて考えておく必用があります。

それにより、死の瞬間だけではなく、死を意識してからの生き方、死んだ人の遺族の悲しみからの立ち直りまでも含めた、死のプロセス全体の質を高めることにつながります。

死の人間学という本では、QODの高さを測定する方法が示されています。

この中では、

・医師はマイナス効果まで含めて治療法を説明したか
・家族や親しい人と過ごす時間はあったか
・望んだ場所で死を迎えられたか
・etc

このような25の項目を最期を看取った人が5段階で答えることで、評価ができます。

日本の医療現場でも延命治療を行うよりも、治療を控える選択肢も視野に含めるべきだという考えが少しずつ増えつつあります。

QODを高めるためのひとつが、エンディングノートです。

エンディングノートを書くことが、自分の死に方を考えるきっかけになります。

日本人は、家族に迷惑をかけたくないという思いが強いために、自分が家で死にたいと思ってもその思いを口に出せないことがあります。

なぜなら、家族の負担が増えてしまうと思うからです。

このように思わせないためには、家族の負担を減らすためのサポートや24時間対応の在宅ケア体制が必用です。

幸せポイント

「人生の最期、どうするのがいいのか?」

これは、老若男女、誰もがいつかは考えないといけないことです。

何も考えないでいれば、ほとんどが当たり前のように病院で亡くなってしまうことになるでしょう。

しかし、あらかじめ家で死ぬということに決めておき、それを家族も承知していれば、家で最期を看取ることは可能です。

そのためには、まず家族で死についてタブー視せずに、話し合いをすることです。

厚生労働省の調査によると、話し合っているのは、全体の4割弱です。

話し合ってない人の理由の半分は、「きっかけがない」ためです。

たぶん、歳をとっても元気だときっかけがないのかもしれませんが、個人的には親(または自分)が60歳を過ぎたり、それより若くても病気で患っているなら、家族で死について話しておいたほうがよいかと思います。

「死ぬことを話すなんて縁起でもない」と思うかもしれませんが、死を忌み嫌うことでかえって、死の質を落としてしまいます。

逆に死を考えることで、どのように生きるかも明確になり、毎日が充実し幸せに過ごせるのではないでしょうか。

私自身も時々死を意識することがあります。

でも、日々の生活に追われるとなかなか深く考えることはできてません。

今後の課題ですね(*^o^*)。

参考:読売新聞

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